まねっこしながら大きくなった

”まなぶ”は”まねぶ”という言葉を聞いたことがありますか?私たちはみんな小さいときは、何でも周りのまねをしながらだんだんとできるようになりました。話すことも、歩くことも誰かに教えられたのではなく、聴いて見てマネしてできるようになりました。誰でもできるようになることなのに、「今日、○○ちゃんが初めてママって言ったよ!」とか「初めて歩いたよ!」とか一家の一大ニュースで、周りの大人たちは大喜びしました。

勉強において”まねぶ”とは?

勉強において”まねぶ”とは、赤ちゃんや幼児の頃のようにただ言葉や、動きをまねるのとは違います。言動をまねるというよりも考え方や本質をまねるのです。
例えば、先生が数学の授業で「展開の公式を使って計算しなさい」と指示したら、Aさんは公式を見ながらその通りにまねをして解きました。Bさんは、公式を覚えるのがめんどくさいので1つ1つ掛け算して同類項をまとめて計算しました。Cさんは、「どうして和差の公式は2乗ー2乗なんだろう?1次式の項がないなぁ、あぁ、ここで1次式の項はなくなるからだ!」などと頭の中で「どうして?どうして?」と考えながら解きました。
3人とも答えは同じになり〇なのですが、1番深く学んだ人は誰でしょう?きっと3人とも先生の言葉通りにやったと自分では思っているのです。ここでは表面的なことではなく、その目的をまねるのが正解です。だから、それを学ぶ目的が伝わるように教えられる先生は素晴らしいですし、目的意識、課題意識を持って疑問を解決しながら練習すると上達するし、学びが自分の中にストンと落ちてくるのです。

慣れると人は考えない

どんなことも習熟してくると無意識でできるようになります。無意識だから考える必要がありません。それは簡単なことぼど、意志の力があまり要らないことほど、すぐに習慣化できます。ですから、帰ったらまずはテレビをつけてダラダラとか、スマホでゲームとかはすぐに定番の行動のなってしまうのです。(これが習慣化したら怖いですね)学校の宿題もとりあえず体裁を整えて出せば、どんなことを目的にして仕上げてきたのかは先生にはわかりません。先生も課題意識が持てるような宿題の出し方をしなくてはなりません。学習塾を始めて16年ですが、いまだに英単語の練習がどの子も一律「ノートの左から右までびっしり書いておいで!」という宿題が出続けています。英単語を書かせる目的を考えると、お手手の運動のような拷問のような宿題よりも「テストするから練習しててね」って言う方がマシだと思うのですが…。子どもは何も考えず、ひたすら単語を書き写す、先生は英単語の習得はたくさん書かせることだ!と信じている。これは慣れではないですか?

コロナ騒ぎに見るまねっこ

誰かがトイレットペーパーを買い占めるているのを見ると自分も買い占めてしまう。「今日は、新型コロナウイルスの感染者は〇人増えた!〇人亡くなった!」とニュースを見ると、自分の周りで新型コロナウイルスに感染した人に会ったことがないのに、怖い怖いと恐れる。責任取りたくない人たちが、危険だ!緊急事態宣言だ!と言うと、そうだ!そうだ!と同調する。このままだと、コロナで亡くなる人よりも収入が減って困窮する人の方が断然多いですよ。つられるというか、真似するというか、そこには”考える”ということがすっぽり抜けて同じことをすることで安心しようとしているように見えます。
こんな時こそ想像力を働かせて、事実を調べて、どうすることが一番良いのか考える時なのではないでしょうか?必ずしも多数意見が正しいとは限りません。

きょうのまとめ
真似るのは、言動ではなく目的や本質。
多数意見だからと言って鵜呑みにしない、考える。

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